执笔者プロフィール

太下 义之(おおした よしゆき)
その他 : 文化政策研究者塾员

太下 义之(おおした よしゆき)
その他 : 文化政策研究者塾员
本稿を执笔している现在(1月28日)、「东京2020」を表现したポスター计20作品を展示する「东京2020公式アートポスター展」が、东京都现代美术馆にて开催されている。この「アートポスター」とは、オリンピックまたはパラリンピックをテーマにした芸术作品の制作を国内外のアーティストに依頼し、东京2020大会のポスターとして机运醸成に活用していくものである。
実はこの「アートポスター」のアーティストの选定に関して、笔者は组织委员会事务局から事前にヒアリングを受けている。このヒアリングの背景を推测すると、次のようになる。すなわち、周知のとおり、东京2020大会のエンブレムの白纸撤回と再公募という事态が2015年に生じた。この反省点として、コンセプトに関する议论不足が挙げられたのであろう。そこで、「アートポスター」では、それを回避するため、选定委员会の组成前に有识者にヒアリングを行い、コンセプトを検讨するという意図があったのではないか。
このヒアリングに対して、笔者は次のようにアドバイスをしている。そもそもエンブレムではアイコンとなるデザインを1つだけ选定するというものであるが、「アートポスター」に関しては、むしろ文化の多様性を提示するために、できるだけ多くのアーティストを选定することが望ましい。そしてジャンルに関しても、グラフィック?デザインだけでなく、现代アートはもちろんのこと、マンガ?アニメ、书、写真、アール?ブリュット等、日本のクリエイティビティを表象する分野から复数のアーティストを选定することが望ましい。さらに言えば、各分野の大家ではなく、若手中心に选定することが望ましい、と。
结果として、このアドバイスはほぼ100%採用され、「アートポスター」が选定された。
さて、本稿のテーマは「レガシー」、すなわち、オリンピック后に何を継承することができるのか、という点である。国际オリンピック委员会(IOC)はこの「レガシー」という概念を非常に大事にしている。そして、実はこの「レガシー」と「アートポスター」は密接な関係にある。过去のオリンピック大会の「アートポスター」からは、文化的?芸术的レガシーとなる作品や、时代のアイコンとなるような作品も生まれているのである。
その代表的な事例が、1964年の东京大会でのデザイナー亀仓雄策氏によるポスターであろう。亀仓のポスターは、シンプルな构図ではあるが、それゆえに迫力があり、见る者に强い衝撃を与えた。実は当时、デザイナーという职业名称は一般的ではなく、「図案屋」と呼ばれていたのである。だが、この「アートポスター」がまたたく间に国民に浸透していったことに伴って、「デザイナー」が社会的に重要な职业と认知されていったのである。
ところで、オリンピックの开催、特に2020东京大会において「レガシー」が重视されることには、とても重要な背景がある。去る2017年のIOC総会で、东京の次となる2024年の大会はパリ、さらに2028年はロサンゼルスと、2大会同时に决定された。このように2大会が同时に决定されたのは、1921年の総会で24年大会をパリ、28年大会をアムステルダムに决定して以来、96年ぶりの极めて异例な事态である。なぜ、このような2大会同时という决定がなされたのであろうか。
そもそも、2024年大会の开催都市としては、ハンガリーのブダペスト、ドイツのハンブルク、イタリアのローマ、それにパリとロサンゼルスの计5都市が立候补していた。しかしその后、住民の反対运动等により立候补を取り下げる都市が相次ぎ、结果としてパリとロサンゼルスの2都市のみが残った。惯例ではこの2都市でコンペティションとなったはずである。しかし、仮に2024年の开催都市をコンペで决定した场合、2028年に向けてあらためて公募した际に、はたして立候补する都市があるかどうか、IOCは确証を持つことができなかった。このような事态に対して、IOCは极めて强い危机感を感じているはずだ。
东京でのオリンピックは56年ぶり2回目、パリでは1924年以来100年ぶり3回目、ロサンゼルスでも1984年以来44年ぶり3回目の开催となる。ある都市で最初にオリンピックを开催する场合には、その意义の説明は比较的容易である。しかし、成熟した国や都市が2度目、3度目のオリンピックを开催する场合、その意义については、実は明确な回答が存在しない。それゆえに、IOCはオリンピックが継続できないかもしれないという危机感を抱き、2大会同时の决定をしたのである。
こうした中で2020年の东京が、成熟した都市が2度目(または3度目)のオリンピックを开催する意义を提示することができたとしたら、IOCは日本に大いなる感谢の念を抱くであろう。私たちは2020东京大会の开催を目前にして、オリンピックが未来に何を継承することができるのかについて、あらためて考える必要がある。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。