执笔者プロフィール

五味渕 典嗣(ごみぶち のりつぐ)
その他 : 早稲田大学教育?総合科学学術院教授塾员

五味渕 典嗣(ごみぶち のりつぐ)
その他 : 早稲田大学教育?総合科学学術院教授塾员
いよいよ2022年4月から、新しい学习指导要领にもとづく高校の授业がスタートした。このうち、高校国语の「改革」をめぐっては、一连の入试改革?教育改革批判とも呼応しながら、活発な问题提起が行われてきた。ここでは、少し広い视野から「新しい国语」の问题点について、あらためて整理しておきたい。
少し前のことになるが、『础贰搁础』编集部が「教科书で出合った「心に残る作品」」というアンケートを行ったことがあった(「漱石と契约书「どちらか选ばないといけないの?」」、『础贰搁础』2020年1月13日号)。1位は中岛敦の『山月记』、2位は夏目漱石の『こころ』、3位が森鸥外の『舞姫』。他にも梶井基次郎の『柠檬』やヘルマン?ヘッセの『少年の日の思い出』など、国语教育の世界でしばしば「定番教材」と呼ばれる文学作品が上位に并んだ。しかし、このデータの「読み方」には注意が必要だ。このアンケートがインターネット上で行われたもので、サンプル数も决して多くないという妥当性?信頼性にかかる问题だけではない。この结果は、少なくとも现在の中等教育の「国语の时间」で行われている授业の内容を反映しているとは言えないからだ。
どういうことか。これまでわたしは、近现代以降の文章の担当として、20年近く高校国语教科书の编集に参加してきた。教科书の编集プロセスは版元ごとにかなり违いがあるはずだが、少なくともわたしがお手伝いした际は、1册の教科书を作るために、少ないときでも200本、多いときは400本程度の教材案を読み、候补となる文章を绞り込んでいった。国语の教科书といっても、ことばや文化、文学を主题とした文章だけが収録されるわけではない。哲学や伦理に関する文章、政治や経済、法律の基本的な考え方を説いた文章、社会の近代化や后期近代のジレンマを説く文章、メディアやコミュニケーションの现代的なあり方を论じた文章、生命や自然の捉え方をテーマとした文章も含まれる。しばしば误解されるが、高校国语の教科书は、名が通った文学者の定评ある小説や评论ばかりが掲载されているわけではないのである。1990年代以降の高校国语は、人文学?社会科学の基础的な内容をベースとしながら、自然科学の领域までカバーする、日本语による「知」の窓としての役割を果たしてきた。现场の先生方には明らかに过重な负荷がかかっていたけれど、「国语の时间」は、教室の生徒たちに新たな「学び」への扉を开く、最初のステップを提供してきたのである。
だから、今回の「新しい国语」の问题を「文学の軽视」とのみ短络する见方は、事态を适切に捉えているとは言えない。この间、新しい学习指导要领下で行われた教科书検定で、「小説が盛り込まれること」が「本来想定されていない」必履修科目「现代の国语」に小説教材を复数収録した版元のことが话题になったが、「新しい国语」が文字どおり実施されることで打撃を被るのは文学だけではないのである。むしろわたしが重要と思うのは、高校国语が「実用性」と「アウトプット重视」に舵を切ることで、文章を通じて人文学?社会科学?自然科学にかかわるさまざまな「知」のあり方に触れる机会が缩减されてしまうことである。何を「情报」「データ」と见なすかという判断の枠组み自体が多様でありうること。「正しさ」は决して一つではなく、何を「正しい」と见なすかという価値基準それ自体が歴史的に変化してきたこと。物事を考える入口は复数あり、それぞれが「学问」という世界につながっていること……。必ずしも意図されたプログラムではなかったかもしれないが、高校国语が结果的に担ってきたこうした知的训练の时间が削り取られてしまうことが问题なのだ。「国语科」をもっと実用的なものにすべきと主张している人々は、高校国语がこの役割を放弃したとき、どんな事态が出来するかを想像したことがあるのだろうか。本来的に高校国语の「改革」は、高校教育全体のデザインを総合的に検讨する中で议论すべきというのがわたしの立场である。
最后に、もう一度『础贰搁础』のアンケートに戻りたい。そもそも现在の高校国语でも、文学教材に充当された时间は多くない。にもかかわらず、このアンケートでは、「印象に残った」ものとして、评论やエッセイではなく、文学作品が多く挙げられた。おそらくここには、人间にとってのフィクションの価値、物语と出会うことの意味という别の问题が浮上するだろう。この间、高校国语には、「古典は本当に必要なのか」という问いも投げかけられたが、过去の想像力の产物としての物语と出会うことの大切さは、近视眼的な「伝统」重视から离れて古典を学ぶ意义を考える、1つの补助线にもなる。国语の授业は、过去を见つめ、新しい时代を开く想像力を锻える训练の场であるべきなのだ。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。